ストックオプションの税金と相続税の仕組み|キオクシア前社長の「SO370億円」をきっかけに調べてみた

ストックオプションの税金と相続税の仕組み|キオクシア前社長の「SO370億円」をきっかけに調べてみた

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Xでキオクシア(285A)社長のストックオプション(SO)が話題になっていた。

「社長はSOで372,000株持っているから370億円の大資産家」というポストが数万いいねを集め、「なぜ行使しないのか?」という議論に発展していた。

自分もこれが気になってClaudeと深掘りしてみたので、整理してみる。

【2026年9月追記】有価証券報告書・株主総会招集通知と国税庁の資料で照合し、計算の前提(行使価額・株数・株価)、税制適格SOの説明、贈与の加算期間などを修正しました。あわせて、早坂氏個人の話と、制度の一般論を分けて書き直しています(修正箇所は末尾に記載)。

先に答えると、早坂氏が残りのSOをなぜ行使していないのかは、本人も会社も説明しておらず、分からない。確認できたのは、2026年3月期に一部(約1.4万株と推定)を行使していて、約36万株が残っていること。この記事で整理できるのは「SOを持つ人に、一般にどんな税金やルールがかかるか」まで。

スレッドを整理すると、株価の誤り・人物の混在・SOの仕組みの誤解という3つの混乱があった。

ただ「370億円クラスの権利」という規模感は、上場時の株数で計算すればおおむね合っている(行使代金・税金を引く前)。

まず事実を整理する:3つの混乱

①根拠の株価に桁間違い

元のポストは「株価約10,000円」を前提にしていたが、これが誤り。キオクシアHD(285A)の株価は2026年6月17日の終値で96,000円。1万円ではなく約10万円。

372,000株 × 10,000円 = 約37億円(元ポストの前提)
372,600株 × 96,000円 ≒ 約358億円(上場時の株数で計算。行使代金・税金を引く前)

「370億」という数字はおおむね合っているが、根拠の株価が桁一つ違う。スレッド内部で矛盾。

②話してる人物が違う

372,600株のSOは早坂伸夫氏(2026年3月まで社長執行役員、6月25日に代表取締役も退任)の、上場時の有価証券届出書(2024年11月)に載っている数字。

一方、招集通知の「所有株式数 0株」は、2026年4月に社長執行役員になった太田裕雄氏のもの(第8期招集通知)。

スレッドは前社長のSOと新社長の保有株数を同一人物として混同して論じてた。

③「0株」と「SO 370億」は矛盾しない

招集通知の「所有する当社の株式数 0株」は、現に保有している発行済み株式の数。

SO(新株予約権)は行使するまで株式ではないため、もちろんここには計上されない。SOは有価証券報告書の「新株予約権等の状況」に別途開示されており、隠れているわけでも矛盾しているわけでもない。

ただし逆に、「0株だから一度も行使していない」とも言えない。行使した株を売るなどして手放していても0株になる。実際、会長のステイシー・スミス氏は2026年3月期にSOを行使している(招集通知の関連当事者注記)が、同じ招集通知の所有株式数は0株だった。なぜ0株になったのか(売ったのか、別の名義に移したのかなど)は開示されていない。

「大量保有がバレるのを避けるために行使しない」という推測も流れていたが、これも成立しない。

372,600株は発行済み約5.5億株(2026年3月末)の約0.07%で、大量保有報告の閾値(5%)にはるかに届かない。そもそも隠すべき「大量保有」自体が存在しない。

ストックオプションの「行使」とは何か

よくSO行使という言葉をXでみて、お、また金持ちの話か と思っていたが、意味を全くわかっていなかったので調べたところ

SO(新株予約権)は「あらかじめ決めた価格(行使価額)で株を買う権利」であって、株そのものではない。

行使とは、その権利を使って実際に株式を取得する手続きのこと。だと。

具体的な流れ:
①会社に「行使します」と申し出る
②行使価額 × 株数を現金で払い込む
③会社が新株を発行(または自己株を交付)
④自分名義の本物の株式になる

行使前は権利を持つだけ。議決権も配当もなく、招集通知の「所有株式数」にも載らない。行使後、初めて本物の株主になる。

早坂氏のSOについて、分かっていること・分からないこと

分かっていること(一次資料で確認)

項目内容(出典)
上場時のSO372,600株(第1回・第2回、行使価額1,667円)(有価証券届出書・有価証券報告書)
2026年3月期の行使行使あり(払込資本24百万円)。株数は約1.4万株と推定(招集通知の関連当事者注記、役員のSO保有状況の変化)
2026年3月末の残り約36万株(推定、同上)
行使期限2029年3月11日(有価証券報告書)
役職2026年4月1日に社長執行役員を退任、6月25日に代表取締役を退任しシニア・エグゼクティブ・アドバイザーに就任(2026年1月29日の適時開示)

分からないこと

  • SOが税制適格か非適格か(開示資料に記載がない)
  • 本人の資産、借入、家族構成、納税資金、売る意向
  • 行使した株を持っているか、売ったか
  • SOを相続人が引き継いで行使できる契約か

数字の一致(参考)

推定した行使株数14,340株に行使価額1,667円を掛けると23,904,780円。SOは1個=60株の単位でしか行使できず、あと1個(60株)多いと24,004,800円になる。つまり「2,400万円を超えない最大の株数」とちょうど一致する。

2,400万円は、税制適格SOの年間の上限(後述)に当てはまりうる金額でもある(キオクシアHDの設立は2019年3月1日、SOの付与決議は3月12日で、設立5年未満の会社の枠)。

ただし、①このSOが税制適格かどうか、②2024年の改正後の上限を使うための契約変更をしたか、③行使が同じ年の中だったか、はどれも開示されていない。14,340株という株数も推定なので、偶然の可能性も十分ある。この一致から本人の考えを読み取ることはできない。

なので、「なぜ行使しないのか」に答えることはできない。ここから先は、SOを持つ人一般に関わる税金とルールの話。

SOを行使すると税金はどうなる?(一般論)

SOを持つ人が行使のタイミングを考えるとき、大きく関わるのが税金。SOには「税制適格」と「税制非適格」があり、税金がかかるタイミングがまったく違う。

税制非適格SOの場合:行使した瞬間に巨額課税

税制非適格SOでは、行使した瞬間に「株式時価 − 行使価額」の差額が給与所得として課税される。売っていなくても、行使価額より高い株を手に入れた時点で「経済的利益を実現した」とみなされるため。

キオクシアのSOが適格か非適格かは開示されていないので、以下は非適格だった場合の仮定。

行使価額1,667円(第1回・第2回)・株価96,000円(2026年6月17日の終値)・372,600株(上場時の株数)で計算すると:
課税対象の差額 ≒ (96,000 − 1,667) × 372,600 ≒ 約351億円
行使時の税(給与所得。所得税・復興特別所得税・住民税の最高税率で約56%) ≒ 約197億円

株を売っていなければ現金は一円も入っていないのに、約197億円を現金で納める義務が生じる。行使代金の約6.2億円も、行使するときに先に払い込む必要がある。

しかも行使後に株価が暴落しても、給与所得と譲渡損は損益通算できない。

非適格SOの場合、「行使して株を持ち続ける」と、売っていない株のために巨額の税金を現金で払うことになる。行使を急がない理由の一つになりうるが、個々の保有者がどう考えているかは分からない。

インサイダー規制がかかるのは「行使」ではなく「売却」

SOの行使そのものは、インサイダー取引規制の対象外(金融商品取引法166条6項2号)。規制がかかるのは、行使して得た株を売るとき。

未公表の重要な事実を知っている間は売れず、退任後も1年間は、在任中に知った事実について同じ規制が続く。これとは別に、多くの会社は社内規程で決算発表前などの売買を制限している。

また役員は、自社株を売買したら翌月15日までに報告書を出す義務がある(同法163条)。

行使と売却をセットにする方法

よく知られているのは「売る分だけ行使して、すぐ売る」方法。売却代金で行使代金と税金をまかなえるので、税金分の現金を先に用意しなくて済む。

区分税金がかかるタイミング税率の目安
税制非適格SO行使時(給与所得)と、売却時(行使後の値上がり分)行使時は最高で約56%
税制適格SO売却時にまとめて(譲渡所得)20.315%(所得が3.3億円を大きく超える年は、ミニマム課税で実質27%前後)

上の仮定(372,600株・96,000円)で全株を一度に行使・売却すると、非適格なら手取りは約155億円。同じ額に適格の税率を当てはめると約256億円(ミニマム課税込みの概算)で、差は約100億円。

ただしこれは理論値。適格SOには、行使価額の合計が年1,200万円までという上限がある(2024年分以後は、会社の設立年数などによって実質2,400万円・3,600万円まで広がる場合がある)。上限を超えることになる行使は、その行使全体が非適格になる。372,600株×1,667円=約6.2億円なので、仮に適格でも、期限の2029年3月までに全株を適格のまま行使することはできない。

SOのまま贈与・相続するとどうなる?

  • 贈与:キオクシアのSOは、譲渡に取締役会の承認が必要(発行要項)。税制適格SOはそもそも譲渡禁止が要件で、適格SOで得た株を贈与すると、その時の時価で売ったものとみなされて課税される(租税特別措置法29条の2)。一般の株のように「値上がり前に子へ贈与」は、そのままは使えない
  • 相続:相続で引き継いだSOは相続税の対象になり、評価は「(株価−行使価額)×株数」(財産評価基本通達)。さらに相続人が行使したときの利益には、所得税が別にかかる。ただし、キオクシアのSOを相続人が引き継いで行使できるかは、有価証券報告書の行使条件の概要には書かれていない

米国の「Buy, Borrow, Die」との比較

マスクやベゾスが使うと言われる米国の節税戦略が「Buy, Borrow, Die」。

仕組みは以下:

  • Buy:値上がりする資産を持つ
  • Borrow:その資産を担保に借入!借入は所得ではないので無課税。売らずに現金を得て、譲渡益課税を先送りする
  • Die(ここが核心):米国には「ステップアップ(basis step-up)」制度がある。相続人が引き継ぐ取得価額が、被相続人(亡くなられて遺産(財産や借金など)を残した方のこと)の死亡時の時価にリセットされる。つまり生前の含み益への所得課税が永久に消える(遺産税は別にかかる) (まじかよ、、)

「借りて生活し、死ぬまで売らなければ、値上がり益への所得課税がゼロになる」というのが戦略の完成形。

日本にはステップアップがない。日本では相続時に取得価額がそのまま引き継がれる(所得税法60条)。相続人が将来売れば含み益に対して譲渡益課税がかかる。さらに相続税(最高55%)が死亡時の時価ベースで別途乗ってくる。

日本で担保借入を使っても「先送り」にしかならず、米国版の「税金が消える」マジックは成立しない。

日本の相続税:株を持つ人に関係する制度(一般論)

では日本で親が多額の株を持っていた場合、どうすれば相続税を抑えられるか。

以下①~⑤は上場株を持つ人一般の話(SOのままの場合は前の節のとおり扱いが違う)。

(前提として、上場株の相続税評価は「死亡日の時価ぴったり」ではなく、次の4つのうち最も低い額を使える:

  • 死亡日の終値
  • 死亡月の終値平均
  • 前月の終値平均
  • 前々月の終値平均

キオクシアのような乱高下株ならピーク時に亡くなっても安い月平均を使えるため、ここだけでも評価が下がる。)

①値上がり前に贈与する(相続時精算課税)

成長株に最も効く手法。相続時精算課税を選択すると、相続税の計算に使う評価額が贈与時の価格で固定される。安いうちに子へ贈与しておけば、その後10倍になっても相続税は安い時の値で計算される。2024年から年110万円の基礎控除(持ち戻し対象外)が追加され、使いやすくなった。基礎控除とは別に累計2,500万円までの特別控除があり、超えた分には一律20%の贈与税がかかる(相続時に精算)。原則として60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与が対象。ただし一度選択するとその親からの贈与は暦年課税に戻せない点に注意。値下がりしても高い評価で固定される逆リスクも。

②暦年贈与(足し戻す期間が3年→7年へ段階的に延びる)

年110万円までは贈与税がかからない(基礎控除)。ただし2024年1月1日以後の贈与から、亡くなる前の贈与を相続財産に足し戻す期間が3年から7年に延びた。一気に7年になるわけではなく、亡くなった日によって変わる(国税庁 No.4161)。

亡くなった日足し戻す贈与
2026年12月31日まで死亡前3年以内
2027年1月1日〜2030年12月31日2024年1月1日から死亡日まで
2031年1月1日以降死亡前7年以内

延びた部分(死亡前3年より前の贈与)は、合計100万円までは足し戻さない。死亡直前の贈与は効きにくくなったので、早く始めるほど有利。

ちなみに持ち戻し期間ってなによ↓

持ち戻し(生前贈与加算) とは、「亡くなる前の一定期間内にした贈与は、なかったことにして相続財産に戻して計算する」制度。足し戻すのは、相続や遺贈で財産をもらった人が受けた贈与。

具体例:

父が死亡する2年前に息子へ110万円を贈与。

2026年中に亡くなった場合:死亡前3年以内なので、この110万円は相続財産に足し戻される(110万円以下でも対象)
2031年以降に亡くなった場合:死亡前7年以内が対象になり、もっと前の贈与まで足し戻される

要するに「贈与は早く始めるほど有利で、死の直前だと意味がなくなるよ」制度 涙

皆さん、贈与ある方はお早めに。

③生命保険の非課税枠

「500万円 × 法定相続人数」が非課税。

具体例:

父が死亡。法定相続人は母・子2人の計3人。

このとき父が生命保険(死亡保険金)に入っていれば:非課税枠 = 500万円 × 3人 = 1,500万円

保険金1,500万円を受け取っても、相続税がかからない!

株そのものは減らせないが、相続税を払う現金を確保する手段として重要。

相続人が悪いタイミングで株を売らずに済むよう、被相続人が生きているうちに計画的に現金を保険に変換しておいてもらう必要あり。

相続税は申告期限(10ヶ月)までに原則現金一括(延納・物納という例外はある)なので、乱高下株しか無い場合に悪いタイミングで売るリスクを防げる。

④取得費加算の特例

相続開始から3年10ヶ月以内に売却すれば、払った相続税の一部を取得費に加算でき、その後の譲渡益課税を圧縮できる。

相続税と譲渡益課税の二重負担を一部緩和する仕組み。

いまいちわからないと思うので具体例とともに

親が100万円で買った株が、相続時に1,000万円になっていたとする。

相続時:
1,000万円の時価で相続税がかかる(例:遺産全体で相続税を200万円払い、そのうちこの株に対応する分が50万円だったとする)

その後売却時:
譲渡益 = 売値1,000万円 − 取得費100万円(親が買った価格)= 900万円
→ 900万円に20.315%の譲渡益課税がかかる

つまり同じ含み益900万円部分に相続税も譲渡益課税も両方かかるという二重取りの状態になる。

取得費加算の特例はこれを緩和する:

払った相続税の一部(この株に対応する分)を取得費に上乗せできる。

取得費 = 100万円(親の購入価格)+ 50万円(相続税のうちこの株の分)= 150万円

譲渡益 = 1,000万円 − 150万円 = 850万円

→ 課税対象が900万円→850万円に減る

⑤配偶者の税額軽減(ただし罠あり)

配偶者は1.6億円か法定相続分まで非課税。

一次相続では劇的に減るが、配偶者に寄せすぎると二次相続(その配偶者の死亡時)で爆発するのが典型的な失敗例とのこと。

一次・二次を通算で最適化する必要あり。

まとめ

Xのスレッドは混乱だらけだったが、調べてみると制度の仕組みがよく整理できました。

重要なポイントをまとめると:

  • SO行使前は「0株」で正常。権利と株式は別物
  • 早坂氏が残りを行使していない理由は開示されておらず、分からない(2026年3月期に約1.4万株は行使したと推定)
  • 非適格SOは行使時に最高約56%の税金。売る分だけ行使してすぐ売れば、税金分の現金を先に用意しなくて済む
  • SOの行使はインサイダー規制の対象外。規制がかかるのは売却
  • キオクシアのSOが適格か非適格かは開示されていない。適格なら税率は低い(試算では手取りに約100億円の差)が、年間の上限を超える行使は非適格になる
  • 米国「Buy, Borrow, Die」はステップアップ制度があって初めて成立する。日本では先送りにしかならない
  • 日本の相続税対策の基本は「評価を下げる」「先に動かす」「枠を使う」の組み合わせ
  • 暦年贈与を足し戻す期間は、2026年中の相続なら3年、2031年以降は7年

なお、これは一般的な制度説明であり、個別の税務・投資助言ではありません。

実際に動く場合は相続専門の税理士に試算を依頼してください。

次に続く↓

修正履歴
2026年9月:有価証券報告書・招集通知と国税庁の資料で照合し、計算例の行使価額・株数・株価、税率、税制適格SOの年間上限の説明、暦年贈与の加算期間(経過措置)、取得費加算の例、インサイダー規制の説明を修正しました。あわせて、早坂氏個人の行動を税制から説明していた部分を、確認できた事実・分からないこと・制度の一般論に分けて書き直し、タイトルを変更しました。
2026年9月:計算に使った株価96,000円の日付を「2026年6月23日」としていたのは誤りで、正しくは2026年6月17日の終値でした(6月23日の終値は92,290円)。計算結果は変わりません。


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Liquid_snake この記事を書いた人

東京工業大学(現・Institute of Science Tokyo)大学院 機械系 修士課程修了、修士(工学)。バイク・株・PC・ガジェット・旅行について、自分で試したこと・調べたことだけを書いています。愛車は刀とDR650SE。2013年から16カ国を訪問。株は調べ尽くしたうえで、最後は直感で買います。

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